武将の銅像と墓参り

武将の銅像と墓参り~武将ゆかりの地巡礼から見える戦国ロマンをご紹介しています

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日野町の蒲生氏郷の産湯の井戸

[武将] ブログ村キーワード

滋賀県蒲生郡日野町には蒲生氏郷の産湯の井戸があります。

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産湯の井戸のすぐ近くには氏郷が生まれた日野(中野)城がありました。
氏郷は幼名「鶴千代」と言い、13歳の時、人質として岐阜の信長の元に出されますが、
氏郷の非凡な才を見抜いた信長は烏帽子親となって元服させ、娘の冬姫を娶らせます。

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氏郷は文武に優れ、他大名や家臣からの人望も厚かったと言われる武将です。
本能寺の変後は秀吉に仕えて出世する氏郷は後に豊臣姓を下賜され、
最終的に会津92万石の大名となるものの、40歳の若さで亡くなりました。

ワタクシは信長の薫陶を受け、信長の意志を理解していた武将だったと思います。
信長の死後、秀吉に妹を差し出して義兄弟になりますが警戒されたんでしょうね・・
東北の要として体よく会津に遠ざけられ、毒殺されたという話もあります。

関ヶ原の時まで生きていたら・・・もしかすると西軍にはつかなかったかもしれません。

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氏郷の産湯の井戸があるのは日野川ダムのすぐ手前。写真奥がダムの駐車場。
ダム工事で遺構はあまり残っていませんが、氏郷の生まれた日野(中野)城跡もそこ。

蒲生郡日野町は出生地ということで銅像、菩提寺と遺髪塚、産湯の井戸と氏郷づくし。

ワタクシは小学生の時、山岡荘八の織田信長を読んで知って以来、氏郷さんびいき。
凰の雛とか言われてた。
もちろん銅像と菩提寺も行ってきたけど、別カテなのでそれは別エントリーで熱くねww



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| 武将の生誕地 | 00:17 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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高虎公園の藤堂高虎の銅像

滋賀県甲良郡在土の高虎公園には藤堂高虎の騎馬像があります。

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公園の中央、池の中に忽然と浮かんだうさ耳高虎さんの銅像。
黒漆塗唐冠形兜(くろうるしぬりとうかんなりかぶと)はトレードマーク。

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甲良町在土は高虎さんの出生地。在土の郷士の子として生まれた高虎さんは
主君を次々と変えながら、最終初代津藩主32万石の大名になりました。
主君を変えるってのがイメージ悪いようですが、裏切りや寝返りとかしてないしね。
先や時代を見る力があって、自分に必要な力をつける意志の強さや知恵がある・・
ワタクシは高虎さん好きなんです。色々読むと苦労人で味のある人みたいでね。

地元出身のヒーローを称える意味で高虎公園が作られたようですが、
銅像以外にもかなり整備されていてちょっとびっくりします。寄ってよかったw

大阪城再建のため高虎さんが切り出したものの使われなかった残念石や、
藤堂家の紋が入った石灯籠、駒止の松なんかもあるんですね。

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何度も言ってるかもしれないけど、武将銅像も作る人や注文主にもよるんでしょうね、
出来ばえやイメージは本当にそれぞれ。頭身のバランスや装飾品の細工の細かさに
伝わる人となりや生き様の表現や躍動感とか・・そういう意味で高虎銅像は素晴らしい!

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住所が大雑把なんでなかなか探しづらいのですが、こちらのスーパー?を
めがけて行くとすぐ裏に高虎公園があるので分かりやすいと思います。
帰りにジュースやアイス買えば、駐車場も堂々と停められますしねw


津城公園にも同じ高虎銅像がありますが、出生地の「高虎公園」で見る
うさ耳銅像もなかなか乙粋。彦根城からも近いので近くに行かれたらぜひ!


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| 武将の生誕地 | 19:47 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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岡崎の本多忠勝の生誕地

武将の銅像や墓を目指して出陣してますが、生誕地にも遭遇するのでカテゴリ増やしてみた。


愛知県岡崎市西蔵前町に本多忠勝の生誕地が残っています。

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まぁ場所を探すのにえらく難儀しました。近くまでナビで行き、あとはあらかじめ
ポイントしておいたGooglemapのGPS頼みで近隣をうろついての到着。

生誕地の碑があるだけなんだけど、民家の敷地内にあるので礼儀正しく行きましょう。
住んでる方がいらしたら見学させていただきます~と一言声をかけるのがいいですね!

この生誕地の碑は大正4年に子孫である本多忠敬氏によって建立されたものだそうです。


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天文17年(1548)に松平家家臣、本多忠高の長男として西蔵前町で誕生した本多忠勝さん。
忠勝という名前には「ただ勝つのみ」という願いが込められたといわれています。

幼名は鍋之助といい、永禄3年(1560)13才で初陣して以降、生涯で57回の出陣で
ただの一度も負傷しなかったといわれている徳川四天王のひとり。


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小さい頃に父親が討ち死にしている忠勝さんは叔父の所で育てられたと言います。
体も大きくて腕っぷしも強く、剛毅で負けん気の強いやんちゃな子だったんでしょうねw

子供の頃から家康に寄り添って数々の戦を戦い抜き、徳川政権の樹立を支えた忠勝さんは
上総大多喜10万石>桑名10万石へ。桑名にある菩提寺「浄土寺」で眠っています。


ただ碑があるだけなんだけど、墓と同じく好きな武将に寄り添った気になりますねw


岡崎城から車ならそんなに遠くないので、忠勝さんの銅像とセットで見ないとね!



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| 武将の生誕地 | 13:56 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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