武将の銅像と墓参り

武将の銅像と墓参り~武将ゆかりの地巡礼から見える戦国ロマンをご紹介しています

2013年06月 | ARCHIVE-SELECT | 2013年08月

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長浜駅前の秀吉と三成「三献の茶」の銅像

[石田三成] ブログ村キーワード [豊臣秀吉] ブログ村キーワード

長浜市の長浜駅前ロータリーには秀吉と三成の銅像があります。

長浜駅 三献の茶 銅像

秀吉と三成の出会いのエピソードとして有名な「三献の茶」の一幕を表現した銅像です。

長浜城主となった秀吉は鷹狩の帰り、領内の観音寺に立ち寄り茶を所望します。
汗をかいた秀吉の様子を見た寺の小姓、佐吉少年は一杯目は大きな茶碗にぬるいお茶をたっぷり出し、
秀吉が二杯目を所望すると、今度は先ほどより少し熱いお茶を茶碗に半分ほど出しました。
さらに秀吉がもう一杯所望すると、三杯目は小さな茶碗に熱いお茶を入れて出しました。
秀吉は相手の様子を見て、茶の入れ方一つに気を配れる佐吉少年を気に入り召し抱えます。

この佐吉少年が後の石田三成・・三成が秀吉に取り立てられた時の有名なエピソードです。
本当かどうか別として、後に官僚として頭角を現す知恵者で機転の利く三成はもちろん、
ノリに乗っていた頃の秀吉の冴えっぷりも表している感じでなるほど納得な逸話ですね。

この銅像、駅前ロータリーにあるのですが、ロータリー狭すぎて一瞬も路駐できない雰囲気。

寝ないで埼玉から行って、朝から小谷城を含む山3つ、姉川古戦場あたりをうろついていたため、
ワタクシもう足が本当に痛すぎて、離れたところから歩くのも難儀だったゆえ、
何とか車からちゃちゃっと撮ったろ思い、うまいこと銅像の前の信号停止線で止まれるまで
ロータリーを3周もしてしまいましたΣ(゚Д゚)! こりゃワタクシも相当知恵者だわ・・フフ。

とものぐさをしたため写真は1枚しかありません。というか車をちょいとずらして何枚か
撮っただけなので似たような写真ばっかでお見せできるのがこれだけなのよ・・(´Д`) 


長浜市には三成生誕の地「石田町」もあり、またその近くにはこの「三献の茶」の舞台となった
佐吉少年が小姓をしていた観音寺もあります。小谷城や長浜城と合わせてこちらもお忘れなく!


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| 武将の銅像 | 13:03 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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河毛駅の浅井長政とお市の銅像

[浅井長政] ブログ村キーワード

小谷城近くの河毛駅前には浅井長政とお市さんの銅像があります。

河毛駅 浅井長政とお市の銅像

河毛駅は小谷城の最寄駅になります。その駅前に二人の銅像が建っています。
浅井攻めの際に信長が陣を置いた虎御前山から小谷登城前の早朝に立ち寄ったのですが、
朝のこの時間に正面から撮ろうとすると残念ながら逆光になってしまいました。

この二人、思いを残す小谷城を眺めるのではなく、なぜか背中を向けている立ち位置なんです。
小谷の城の方を向いて建ててもらってれば逆光にならず、ドラマチックだったのにねw


河毛駅 浅井長政とお市の銅像

仕方がないので背後に廻りました。お二方とも腰がどっしり据わっていますw

政略結婚ながら仲睦まじかったという長政さんとお市さん。天正元年(1573)小谷落城の際、
秀吉の説得を受けた長政に諭され、三人の娘を連れて小谷城を離れ、織田家に帰還します。
愛する夫を殺した兄の元に戻ったお市さんの心はいかばかりか・・長くなるので割愛しますw


小谷登城をする際は車で10分ほどなので、せっかくだから河毛駅前にも寄ってみてください!


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| 武将の銅像 | 20:10 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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浜松城の徳川家康の銅像

[徳川家康] ブログ村キーワード

浜松城の本丸跡には徳川家康の銅像があります。

浜松城 家康の銅像

タイトル「若き日の徳川家康公像」・・・ん? なんか様子がおかしかありませんか?
痩せているから若い時を表現してはいるんでしょうけど、それにしちゃ若さが足りないような。

家康さんが浜松城にいたのは、信玄との戦いに備えて移った29才からの17年間。若い!
若すぎて三方ヶ原で武田信玄にコテンパンにやられ、自分への戒めとして自身の惨めな姿を
書かせたという「しかみ像」は有名ですね。その絵は浜松城内で見ることが出来ます。

この銅像、家康さんがそれくらいイケイケだったって感じはあんまりないでしょw


浜松城 家康の銅像

近寄ってみました。スリムなヤング家康さんが手に持っているのは歯朶(羊歯=シダ)。
この歯朶は家康さんが験を担いでもっとも気に入っていた甲冑飾りだといわれているそうです。

青年期の家康さん・・小さい頃から苦労したから年より老けちゃったって解釈にしときましょうかw
駿府城公園の本丸跡にいる鷹を手にした家康像の方が落ち着いた風格があって雰囲気あると思いマス。


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| 武将の銅像 | 21:35 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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姉川古戦場の遠藤直経の墓

[武将] ブログ村キーワード

姉川古戦場、信長が当初、陣を置いた竜ヶ鼻の近くの田んぼの中に遠藤直経のお墓があります。

遠藤直経 墓

姉川古戦場マップを頼りに竜ヶ鼻の陣跡に続いて、来てみたのですが最初「どこ?」と思いまして・・
地図と風景を首っ引きで長めていたら、真ん中に怪しげな「こんもり」を発見! ロックオンしました。


遠藤直経 墓

地元の方なんでしょうね、草木の手入れもされて切ったばかりのきれいな花が活けてあります。
以前は40m先の畑の中に遠藤塚と呼ばれる墓があったそうですが、平成9年に圃場整備のため
ここに移転されたのだそうです。少し移動してますが遠藤直経が討死した場所と伝えられています。


遠藤直経 墓

浅井の重臣である遠藤直経は喜右衛門と名乗り、磯野員昌と並ぶ力自慢・戦上手の武将でした。
小説などで書かれる直経に、ワタクシは自分の信念は曲げない豪気な男のイメージを持っています。
朝倉家の真柄直隆と力比べをするほど力自慢の猛将だけど、たしか智謀もなかなか・・信長の野望を思いだし中w

直経は浅井軍の敗色が濃くなると味方の武将首を持って織田軍になりすまし、信長陣中に忍び込みましたが、
あと一歩のところで竹中重矩(半兵衛の弟)に見破られ、討ち取られたと言われています。

ずっと若い頃、初めて小説でこのシーンを読んだ時、彼の壮絶な死に様はものすごいショックでした。
ワタクシには「討死を決めて突撃」以上のことに思えて、修羅になるってことが分かった気がしたから。
信長贔屓なんだけど、悲壮な覚悟に危うく直経を応援しかけ、討ち取られた時は残念にも思ったり。

そんなことを思いだしながら、直経さんに敬意を表し丁寧に合掌しておきました。

ちなみに朝倉家の真柄直隆も徳川軍と戦い、この戦で壮絶な討死をしています。
真柄さんのお墓は姉川にありませんが、死闘の繰り広げられた場所は「ちはら公園」として残っています。

姉川古戦場を訪れる際はぜひ合わせて行かれることをお勧めします。


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| 武将の墓 | 20:40 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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長浜市の浅井長政ファミリーの銅像

[浅井長政] ブログ村キーワード

長浜市役所浅井支所の向かいに浅井長政ファミリーの銅像があります。

長浜市役所浅井支所 浅井長政 銅像

北近江攻略に行った際、絶対にこの銅像も見てこようと決めていたのでナビで支所を登録し、
ゴールデンウィークでも開いていた支所の駐車場に車を停めて通りを渡った正面に・・いたいた!!

同じ台座の上に家族6人で銅像というとっても珍しいパターンです。6人家族で・・ん?

長政パパとお市ママ、嫡男の万福丸に弟の万寿丸、茶々に初に・・江与ちゃんがいない!?
江与は小谷落城の時で1歳だったから、座っている子供は出家して生き延びた万寿丸ということに。
万寿丸は側室の子とも言われ、初と江与の間に生まれているらしいのですが、せっかく銅像作るなら、
実子かあやふやな子より、赤ちゃん江与をお市さんが抱っこしてる感じにすればよかったんじゃ・・


長浜市役所浅井支所 浅井長政 銅像

小谷城最寄の河毛駅では長政とお市さん、小谷城に背を向けて鎮座していましたが、
ここでは浅井長政ファミリーは方向的にちゃんと小谷城の方を見ているようです。
その方向を指さすお市さん・・「お城が!お城が燃えている!」・・そりゃ白虎隊かΣ(゚Д゚)!

落城前ちょい前の家族構成、年代だとすると長政は20代のはずだけどけっこうオッサンぽいw

ツッコミどころの多い銅像な気がしますが、弱肉強食・下剋上・ともすれば親も子もない戦国時代。
そんな時代の夫婦愛、家族の絆を表現したこの銅像もそれはそれで戦国ロマンということでw


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| 武将の銅像 | 15:40 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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米沢城址の上杉謙信の銅像

[上杉謙信] ブログ村キーワード

山形県の米沢城址(上杉神社)には上杉謙信の銅像があります。

米沢 上杉謙信像

こっちの方がそうとう間近で見られる分、迫力はあるけど、面構えとどっしり感でも迫力はあるけど、
ワタクシは遠目にしか見えなくても春日山城の頭巾をかぶった謙信像の方がかっこよくて好きですw
だってこの銅像、どう見たってほっぺのお肉が垂れ下がりすぎじゃない?・・何だかおすもうさんみたいなΣ(゚ロ゚;)


米沢 上杉謙信像

台座を含めた全体像はこんな感じ。謙信公の銅像は上杉神社参道右側を少し入ったところにあり、
この謙信公の銅像より通りに面したところに天地人の景勝&兼続の仲良し銅像があります。
謙信の銅像の方が先にあって、場所がなかったのか何なのか、天地人はそれより前に建てちゃったのね。


米沢 上杉謙信像


正直、でっぷりしていて貫禄ありすぎるので若いんだか年取ってんだかわかりづらい感じです。
ちょっとワタクシのイメージする謙信とは違いすぎるわ~GAKUTOとか想像してませんよマジ全然。
でももうちょっとキリッとしているというか、凛々しい感じというかそういうの欲しいっす。




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| 武将の銅像 | 21:48 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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米沢城址の上杉景勝と直江兼続の銅像

[武将] ブログ村キーワード

山形県の上杉神社(米沢城址)には上杉景勝と直江兼続の仲良し銅像があります。

米沢 上杉神社 景勝と兼続銅像

神社参道の右側に建っています。この場所には他に上杉謙信の銅像もあるのですが、
なんとこの2人、謙信公を差し置いて、それより前の目抜き通りに建ってるんですよ!!
タイトルは「天地人 上杉景勝公と直江兼続公 主従像」大河ドラマ記念の建立だそう。


米沢 上杉神社 景勝と兼続銅像

兼続君は小脇に「愛の前立兜」を抱えちゃってます。確実に主の景勝君より目立ってる。
まぁ天地人は直江兼続の話で、その記念の銅像だから別にいいっちゃいいんですけどw

ワタクシは大河ドラマは見ないので「天地人」の銅像として特に思い入れることはないんだけど、
戦国武将の銅像マニアとしては、演じている俳優さんに似た銅像じゃなくてよかったわ~と
見た瞬間、それは普通に思いました。次に二人とももう少し若くてもよかったかもな~と。


米沢では謙信公より景勝公、そして景勝公より鷹山公の方がさらにさらに人気がある様子。
立ち位置や銅像の数からそんな気がしました。謙信公と鷹山公の銅像は後日ご紹介します!



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| 武将の銅像 | 15:27 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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