武将の銅像と墓参り

武将の銅像と墓参り~武将ゆかりの地巡礼から見える戦国ロマンをご紹介しています

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瑞鳳殿の伊達政宗の廟所

宮城県仙台市の瑞鳳殿には伊達政宗の廟所があります。

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この日は残念ながらなかなかの雨で、しょぼくれた写真が残念なんですが。

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入場券買って進むと、まずは伊達政宗の霊屋「瑞鳳殿」の入口が見えてきます。
左奥に見えるのが副葬品やら何やら貴重なものが見られる資料館。
写真は撮れませんが、なかなか面白いものが見られますよw

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瑞鳳殿は嘉永13年(1636)5月24日、江戸桜田屋敷で亡くなった伊達政宗の霊屋です。

政宗の遺命で翌年この地に造営されたもので、桃山様式の豪華絢爛な廟建築として
昭和6年に国宝に指定されましたが、昭和20年の空襲で惜しくも焼失してしまいます。
現在の建物は昭和54年に再建されたもので、防災面を考え鉄筋コンクリートなんだって。

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霊屋の下には墓室があって、再建する時に調査をしたら政宗の遺骨は完全な形で
発見されたそうです。政宗さんは身長159.4cm、血液型はB型なんだって!
当時の平均からすると標準身長。でもB型ってのはなんか分かる気がするー!!

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霊屋の隣には殉死した20人の宝篋印塔が並んでいます。江戸で亡くなった政宗が
この地に埋葬された後、切腹したのだとか。主従は3世・・いや~すごいねw
ちなみに許可を得ず勝手に切腹しても殉死者としては扱われないそうですよ。

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こちらは二代伊達忠宗の霊屋「感仙殿」と三代伊達綱宗の霊屋「善応殿」です。
門をくぐると二代、三代の霊屋は左右に並んでます。こちらは向かって右の感仙殿。
政宗のような龍頭瓦は載ってないです。こちらも戦災で焼け昭和60年再建されたました。
善応殿側から感仙殿。こちらも再建されたものですが善応殿は資料が乏しくて
綱宗公が好んで描かれた「鳳凰」と「牡丹」が装飾に採用されたんだそうな。


いやぁ・・・しかし雨で残念過ぎた。


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