武将の銅像と墓参り

武将の銅像と墓参り~武将ゆかりの地巡礼から見える戦国ロマンをご紹介しています

2016年11月 | ARCHIVE-SELECT | 2017年01月

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西山本門寺の織田信長の首塚

静岡県富士宮市の西山本門寺には信長の首塚があります。

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西山本門寺は法華宗興門流のお寺で創建は康永2年(1343)。武田家や千葉原家、
水戸家出身の上人がいたり、徳川家の庇護や水尾天皇の姫常子内親王の帰依を受け
下馬下乗の禁礼を建てることを許されたりもした立派なお寺なんだそうですよ。

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庫裏の横に案内板がありました。裏か!裏にいけばいいんだね!!(前のめり)

本能寺で討死した信長サマの首を本因坊算砂(日海上人)がここに埋葬させた・・
西山本門寺ではそういう話(伝説?)になっていて、首塚が築かれたんです。

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進んでいくと見えるあのブルーシートはなに? 
まさか首塚・・いや首は柊の根本だもんね・・・って、
あの先にあって今は入れないってオチはなかろうな・・

と不安におののきながら進みます。

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ババーン! これが信長サマの首塚とされる大柊。すごい姿になってます。
柊は成長が遅くて、大物になるにはなかなか年月がかかるらしいです。
年取ると葉っぱの刺もなくなって丸くなるんだってさ。県指定の天然記念物。

ちなみにブルーシートかかってるのは宝物殿みたいなのの修築だったw

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本因坊の意を受け、原志摩守宗安が炎上する本能寺より持ち出した信長の首を
ここ西山本門寺に納めて首塚を築き、魔除けに柊植えたと伝わっているようです。

信長サマの亡骸は見つからず、日本史最大のミステリーと言われたりもしますが、
光秀に首をとられないように外に持ち出されたってのは自然なのかもしれないね~


後延ばしになっていた信長サマの首塚にやっとお参りできてワタクシ満足!




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天麟院の五郎八姫の霊廟

宮城県松島にある天麟院には五郎八姫の霊廟があります。

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天麟院と並びにある松島観光スポットとして有名な瑞巌寺、円通院と並んでますが
ひっそりとした佇まいです。五郎八姫の霊廟を拝めますが拝観料がないのでホッとしますw

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五郎八姫は伊達政宗と正室愛姫との間に生まれた長女で、結婚して15年経って
やっと生まれた子供でした。案内板には男名を付けると男子を授かることから
五郎八と名付けたとありますが、政宗が男の名前しか考えていなかったので
五郎八のまま読みだけ「いろは」にしたなんて説も聞いたことがあります。

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参道を登っていくと・・オーマイガーッツ! 修復中で全く見えないじゃないか!
と思ったけどシートのすき間があるのでちょいとのぞいてみちゃうことにします。 ※2014年時点

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霊廟に行き、すき間からシートの中をチラッとのぞくと上から声がして仰天!!
怒られるのかと思ったら「見学?入って見たらいいよ」と気さくなオジサン。

改修ではなく霊廟自体の建て替えたそうで、オジサンは漆を塗っているそうです。
当初は黒の予定だったそうですが住職さんの好みでこの色になったのだとか。
ここまで何度も塗り重ねて・・漆って乾燥した時期の方が乾きにくいんだって。
まだ壁の部分もむき出しだけど漆が終わったら白漆喰でキレイになるそうです。

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建て替え中のこのタイミングだからこそ扉あけっぴろげで中が丸見え!
普通の時だったら多分、扉は閉まっていてちゃんと墓石見えないと思うの。

五郎八姫は13才で家康の六男、高田61万石の松平忠輝の正室となりますが、
元和2年(1616)、大阪夏の陣の遅参などを理由に忠輝は改易されてしまいます。

五郎八姫は忠輝と強制的に離縁させられ、20代前半から68歳で亡くなるまで生涯
独身を貫き、仙台で暮らしました。五郎八姫さんはとても聡明な人だったそうで、
政宗は男に生まれなかったことを惜しんだなんて話も残っています。

こちらの霊廟は元は伊達家4代藩主綱村によって創建されたようですが
五郎八姫はキリシタン。リアルにお骨があるようだけど納得してるかなw


天麟院の並びには政宗の正室(五郎八姫の生母)愛姫の霊廟がある瑞巌寺、
政宗の孫 光宗の霊廟がある円通院もあります。セットでどうぞ。





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