武将の銅像と墓参り

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長篠城近くの馬場美濃守信房の墓

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長篠城跡のほど近くに馬場美濃守信房のお墓があります。

長篠 馬場信房の墓

長篠城址史跡保存館のHPからダウンロードした史跡めぐり用周辺マップを片手に確認しながら、
道端に立っている案内板をたどっていくと、どこに行くのか心配になるくらいどんどん畑の中へ・・
そんなところに馬場美濃守信房のお墓はあります。(後から車でも行けたことが判明)

長篠の合戦で勝頼を退却させ、敵中に飛び込んで討死した馬場さんの首を埋めた場所と言われているそうな。
ただ討死した場所というのは別に残っているそうなので、首があるかどうかは怪しいと思いますw


長篠 馬場信房の墓

でもいいの。首があるとか胴があるとか歴史ロマンにそんなの関係ないの。
そんなお墓はこれまでだってたくさん見てる。それでもワタクシ真面目に合掌してきたわ!
というわけで人目がないのをいいことに心静かに「合掌」・・馬場さん素敵ですw

ワタクシは熱心な武田ファンではないのですが、家臣には何となく好きな人が結構います。
馬場さんはその一人。信玄の父・信虎から信玄、勝頼の三代に仕えた武将で、
40年間で70回以上の戦に出陣して1度も負傷していないというエピソードがあるあたり、
本多忠勝君と同じ匂いがぷんぷんw 信長も「馬場美濃守手前の働比類なし」と称賛したという。

馬場君はこの長篠の合戦で討死します。織田軍の設置した馬防柵によって武田軍が総崩れになると
主君、勝頼が敗走するのを見届け「我こそは馬場美濃守という者なり」と・・・享年61歳。


長篠 馬場信房の墓

ここに来る前、長篠城跡を見て長篠城址史跡保存館で資料や展示を見てきているので妄想の下準備済み。

決戦前夜、馬場信春、土屋昌次、内藤昌豊、山県昌景は大通寺に集まり、この戦では勝利は難しい、
勝頼公は一国を束ねる器ではない。明日は討死しよう」と語り、今生の別れに水杯を交わしたと
伝えられています。翌日の合戦で敗走する勝頼を逃がしてあえて守って付き添わなかったのは、
この戦で討死すると決めていたからなんですね、きっと・・あまりにも壮絶すぎます。

ちなみに馬場さんは美濃守を許された時に信房から馬場美濃守信春と改名しています。
だから討死した時の名前は信春で、信房だと美濃守の官位はないんじゃないかと思うのですが、
案内板にあるまま、このエントリーでもタイトルはそのまま「馬場美濃守信房の墓」としています。


ワタクシにとっては武田の馬場さんと言ったら一人だけなので房でも春でもいいけんだけど、
強いて言うならやっぱり馬場信春の方が何となくしっくりするる気がしますけどねw

長篠城周辺は設楽原も含めると1日で見切れないくらい史跡や見どころがたんまりあります。
長篠城や馬場さんのお墓近くだけでも鳥居強右衛門磔の場所、お墓のある新昌寺があるので、
登城の際は見逃さないようにマップで予習をして、ガツガツ見て回るといいと思いますww


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