武将の銅像と墓参り

武将の銅像と墓参り~武将ゆかりの地巡礼から見える戦国ロマンをご紹介しています

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

妻沼聖天山の斉藤実盛の銅像

[平家物語] ブログ村キーワード

埼玉県熊谷市の妻沼聖天山には斉藤実盛の銅像があります。

P1060156.jpg


戦国ロマンじゃなくても、生き様がかっこいい武士らしい武士は称えておかなきゃ!
ということで畠山重忠さんに続き、源平の頃・・平家物語に登場する斉藤実盛さんの銅像です。


P1060157.jpg

実盛さんが右手に筆、左手に鏡を持っている姿は平家物語(巻第七「実盛最期」)の場面より。

実盛は当初源氏に仕えていて、合戦で討ち死にした源義賢の子、駒王丸を匿い木曽に送りました。
この駒王丸は後の木曽義仲。その後、実盛は平治の乱で源義朝を助けて戦いますが、敗北後、
時の流れに従って平宗盛に仕え、領地(熊谷市妻沼)を安堵された恩義を貫きます。

寿永2年(1183)、倶利伽羅峠の戦いで源平が激突しますが、平家は敗北。
源氏の追跡軍をかわしながら篠原まで退いたところで総崩れとなってしまいます。

兵士が逃げる中、実盛はたった一騎で源氏方に挑み、討ち死にする覚悟を決めます。
この時、実盛73才。老武者と見られることを恥じて白髪を黒く染めて覚悟の出陣でした。
そして潔く一騎で斬りこみ奮戦するものの、源氏方の手塚光盛に討ち取られます。

首実検をした源氏方の大将・・・木曽義仲は実盛の首を見て人目を憚らず泣いたと言います。


P1060160.jpg

実盛さん大丈夫。ちゃんと染まってますよ!!バッチリ決まってますよ!!

この銅像は覚悟の出陣前、実盛さんが髪を染めている姿を表現していたもの。う~泣ける。

当時の73歳で叶わぬまでも一騎打ちして死に花咲かせようという気概もすごいし、
首実検の時に老武者と見られることを恥じて髪を染めて出陣する覚悟もすごいし、
相手方の大将が木曽義仲と知りつつ何も言わず戦い散っていく壮絶さもすごいし。


P1060161.jpg

男の、武士(もののふ)の背中ですよ。涙が出そうになってきます。

自分が助けた時2歳だった子供が立派な大将になって目の前の敵軍を率いている・・
実盛さんはどんな思いでそれを眺め、どんな気持ちで源氏にむかっていったのだろう。

畠山重忠さんにしろ、斉藤実盛さんにしろ、ブレない、潔いのはマジ惚れますね。


P1060173.jpg

実盛さんの銅像がある妻沼聖天宮は、実盛さんが本拠地である武蔵国長井庄に自分の守り本尊である
大聖歓喜天を奉り、聖天宮(1179年)を開いたのが始まりとされています。日本三大聖天の一つで、
2012年に何と国宝に指定されました!写真がその国宝になった本殿「歓喜院聖天堂」。
平成の大修理でよみがえった極彩色の彫刻がすばらしかった~! 山門も見どころよ。

近くにお立ち寄りの際はぜひ、斉藤実盛の銅像in妻沼聖天堂をご覧くださいw



応援お願いします!
にほんブログ村 歴<br /><br />史ブログ 戦国時代へ
にほんブログ村



関連記事
スポンサーサイト
Related Posts Plugin for WordPress, Blogger...

| 武将の銅像 | 19:58 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT















非公開コメント

TRACKBACK URL

http://amoyoroshi.blog.fc2.com/tb.php/52-c20b52bc

TRACKBACK

PREV | PAGE-SELECT | NEXT