武将の銅像と墓参り

武将の銅像と墓参り~武将ゆかりの地巡礼から見える戦国ロマンをご紹介しています

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松平氏館の松平信親の銅像

[徳川家康] ブログ村キーワード

豊田市の松平氏館には徳川の祖、松平信親のバタくさい銅像があります。

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ワタクシもあちこちで銅像見てるけど、遠目から見てただならぬ気配を感じます。
信親さんは武将と言っていいかすらわからない人ですけど、德川の祖なんですよ!


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武将の銅像と言えば甲冑、もっとイケてたら騎馬が定番の中、親氏さんは胸をはだけて
袴の裾をまくりあげたワイルドな装い。さらにポージングも侍うんぬん通り越してグリース風?
もう完全日本人離れしちゃってんですけど!!遠目に見ると一瞬、親指立てた「Good!」ポーズを
してるように見えんのよ。なんだろ? 意味不明に目が吸いつけられて銅像から目が放せないわw


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さ ら に!! この彫の深い端正な顔・・・日本人離れどころか、完全に外人です Σ(゚Д゚)!
おまけにお腹のライダーベルトを見てごらんなさい・・・完全にちょい悪系じゃないの!!
銅像作った人は存じませんが、その型の類まれなるセンスにも称賛を送りたくなりますよ。

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松平氏館は元は弘安年間(1278~1288)この地の領主だった在原信盛によって築かれた城館で、
時宗の僧「徳阿弥」がこの地に流れ着き、信重の婿となって松平親氏を名乗り本拠にしたことが始まり。

で、この「徳阿弥」なる人物が実は新田源氏「徳川義季」から8世にあたるらしいんですね。

「徳川義季」ってのは新田義重の四男で、世良田に館を構えて得川を名乗り、後に改称して
徳川とした人物で、家康はこの血筋だから源氏として征夷大将軍になったという話でした。

つまり・・

源氏である徳川義季の血を引く「徳阿弥」が 松平親氏を名乗ってこの地を本拠とし、
その松平家が三代信光の時に宗家と分家にわかれ、信光は三河に進出して基盤を広げると、
かくかくしかじかあった後、そこから9代目になる松平元康が徳川家康として天下を取ったと。


ずんぐりむっくりしていたと聞く家康の祖は德川信親。
テルマエロマエに出てた?と聞きたくなるような銅像でした。

松平館に行った際は是非、この銅像をお見逃しなくw

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