武将の銅像と墓参り

武将の銅像と墓参り~武将ゆかりの地巡礼から見える戦国ロマンをご紹介しています

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長純寺の長野業政の供養塔

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群馬県高崎市箕輪町にある長純寺には、長野業政の供養塔があります。

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長野業政のお墓や供養塔は長年寺、来迎寺、そしてここ長純寺にありますが、
ここ長純寺が一番、箕輪城には近いです。が、墓ではなく供養塔だというw


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山門をくぐって本堂を正面に見て左に向かうと、こんな案内版が見えてきます。
案内版では「墓所」となってますね。でもあるのは供養塔です。


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また案内板が出てきました。いったいどこまで行けばいいんだ?


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えーーー!!どんだけ奥というか上にあるのよ。ちょいと心細くなってきます。


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それらしいところに着いたけど、まだ先があるようです。じらしプレイですね。
変な虫が飛び交う木々のトンネルの中を歩いて、供養塔に向かいます。


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うわ、暗っ!! 夏はヤブ蚊が多そうで来るのにとても勇気がいる場所ですね。

業政公は長野氏60年間の箕輪城主の中でも最も智・仁・勇を兼ね備えた
名将の誉れ高い城主であり、武田信玄の数度にわたる猛攻にも屈せず、
長野氏の全盛期を築き上げた武将である・・・ということが案内版に書かれてます。


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地味なローカル戦だけど、何がなんでも上野がほしいしつこい武田信玄と
どんな手を使っても撃退したい長野業政の攻防はちょっとすごい。6度もだからね。


業政の死後、嫡男・業盛の奮闘むなしく、箕輪城は陥落します。

武田・北条・滝川と支配が変わる中、長年寺や来迎寺などとともにお墓や供養塔が
きちんと残っているというのは、地元の人に愛されていたからだと思います。


これらのお寺+箕輪城は全部ちょいと回れる距離にあるのでぜひセットでどうぞ!

次回はラスト長野一族のお墓がある来迎寺を紹介します。


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