延命寺の里見三代の墓と八遣臣の墓

延命寺は永正7年(1510年)、里見家4代の里美実尭が開基した里見家の菩提寺。
曹洞宗の有名な古刹で、多くの雲水僧が修行した禅寺なんだそうです。

里見といえば滝沢馬琴の「南総里見八犬伝」が有名。江戸時代のベストセラー。
しかしワタクシちゃんと本を読んだことありません。正直、伝奇ってあんま興味がなく・・
なので戦国武将としての里見さんだわ~と思って墓所のある本堂横へ進んでいきます。

本堂横には「此奥に里見氏の御墓あり」の石碑が。
里見氏は源氏の流れをくむ新田氏の庶流。里見氏は何代もいるけれど、
侵攻してきた北条氏と何度もやりあった挙句、撃退した義堯さんが印象強いです。

本堂の後ろにある裏山を登って行くと・・・ありました。里見三代のお墓が。
冬の午後3時頃だったので、日差しの按配が悪くイケてない写真になりました(ノД`;)
6代義堯さんは戦上手で武将としての器量が高い人だったそうで、
北条氏を撤退させたこの頃に里見氏は領地拡大して全盛期を迎えます。
義堯さんの死後、北条討伐への遅参、私闘を禁ずる惣無事令違反により
上総下総を没収されてしまうものの、関ヶ原では東軍について加増され、
一時は関東最大の外様大名になります。が、そういう家を家康が残すはずもなし。
10代忠義さんは伯耆に改易>その地も取り上げられて29才で病死。
里見家は断絶しました。8人の家臣が殉死したそうです。(八遺臣)

正安三年(1301)記銘がある板石塔婆は県指定文化財。後期里見氏の家祖とされた里見実堯(4代)、
里見の全盛期を築いた義堯(6代)そして義弘(7代)三人の墓所です。
まぁそれにしても行った時間が悪かったので、どんなに立ち位置変えようが、
露出を調整しようが、ワタクシの腕前じゃ写真はどうにもなりませんでしたわ・・。

こちらの写真は里見氏の居城だった館山城跡にある八遺臣のお墓。
8人の戒名の上下には必ず心・賢の二字が配されているんですって。
だから八賢臣ともよばれ、里見八犬伝のモデルじゃないかとも言われているそう。
延命寺と館山城は遠くないので、里見氏めぐりはセットでどうぞ。
応援お願いします!

にほんブログ村
- 関連記事
-
-
勝願寺の小松姫と仙石秀久の墓
-
善導寺の榊原康政の墓
-
延命寺の里見三代の墓と八遣臣の墓
-
良玄寺にて本多忠勝の墓
-
撰要寺にて大須賀康高の墓
-

| 武将の墓 | 20:10 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑
Re: こんばんは♪
一人で行かれるのですか!ワタクシと同じですねw
電車だと移動時間考えて結構厳しいところがあるかもしれませんね。。
電車の待ちとかバスの乗り継ぎとか・・交通機関に慣れてないワタクシには無理。
みーにゃさんすごい!! 佐和山城は麓のお寺に三成さんの銅像ありますね。
長浜は地元だけあって所縁の地が多いので、ゆっくりみてきてくださいね!
> またまたコメントしてしまいました。実は静岡県浜松市からなんですが、犬山城、岐阜城をまわって彦根城経由長浜で三成生誕地めぐりをしようかと思っていました。車ではなく電車等の移動なので、今全部まわれるか考え中です(汗)。彦根城は一回行ったことがあるので飛ばして、佐和山の近くまで行ってみたいな~と思ってます。一人旅なので途中で予定も変更できるので楽ですよね。またまた長いコメですいません..。
| あも | 2014/07/02 21:43 | URL |